レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年!天才画家の秘密と名言

レオナルド ダ ビンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチが亡くなってからちょうど500年がたちました。

レオナルド・ダ・ヴィンチとはどんな人だったのでしょうか?

そして作品はどんな作品があるのでしょうか?

またその絵の中に隠された鏡文字と秘密のメッセージとはなんなのでしょう。

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過去日本にきたレオナルドの作品

1974年4月、日本に『モナ・リザ』がやってきました。

いうまでもなく、あの天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの名作です。

展覧会場の東京国立博物館には長蛇の列ができました。

 

その前年に訪仏した当時の田中角栄首相とポンピドー大統領との会談において決定したことでした。

この特別展覧会にはこの1点のみが出品され、約2ヶ月の会期において、約150万人が訪れています。

開幕の日には新聞もテレビニュースもトップで伝えていましたね。

 

さて、その天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年4月15日に生まれ、1519年5月2日、67歳で亡くなっています。

今年で、死後ちょうど500年となります。

レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯

かつてイタリアにありましたフィレンツェ郊外のダ・ヴィンチ村に生まれました。

14歳にして職業的芸術家の道を歩き始めています。

 

そのときの師匠との合作の作品『キリストの洗礼』が残っています。

さらにこのころの有名な作品は『受胎告知』などがあります。

 

また、ボッティチェッリなどとの知遇も得ていました。

20歳になるまでに、芸術や医療の同業組合からマイスター(親方)の資格を与えられていました。

 

30歳になると、ミラノ公国で職を得、かの有名なサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の壁画『最後の晩餐』を描いています。

 

50歳になると、ローマ教皇の軍事技術者として軍事用の精密な地図を作製したりしました。

 

またこのころ描かれたのが『モナ・リザ』です。

世界で最も有名な絵画作品となっています。

 

その後、ヴァチカンで過ごしたりした後に、死の3年前からフランス国王フランソワ1世の招きによりフランスのロワール、アンボワーズに滞在しました。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチの鏡文字の謎

レオナルド・ダ・ヴィンチは鏡文字を書いていました。

左右反転させている文字です。

 

なぜそうしていたのか、については諸説あるようです。

実際のところは、彼は左利きであり、そのために左から右へ書き進めるよりもその反対の方が早く正確に書くことができたからだと思われます。

レオナルドの秘密のメッセージ

『最後の晩餐』と『モナ・リザ』には秘密のメッセージが込められていると考えられています。

最後の晩餐

この絵は、12人の弟子との晩餐にて、「このなかに私を裏切るものがいる。」とキリストが話したときの光景です。

遠近法を用いて描かれています。

 

画面に縄で中心と辺を直線で結び、正確な構図を描き出していました。

そして、絵の中に騎士や聖母が描かれているのが見えるというのが謎なのですね。

モナ・リザ

絵の中にいくつかの数字やアルファベットが書き込まれています。

それが何を意味するかが謎なのですね。

レオナルド・ダ・ヴィンチの名言

数々の名言が残されていて伝承されています。

「シンプルさは究極の洗練である。」

日本の有名な俳人、松尾芭蕉も晩年はその作品において「わび、さび」よりも「軽み」を重要視しました。

芸術家として通じるものがありますね。

 

「自分の判断以上に自分を欺くものはない。」

そうわかっているけれど、自分を甘やかしてしまうのが人間なのです。

 

「その手に魂が込められなけなければ、芸術は生まれないのだ。」

命を削ってできた作品かどうかが人の心を惹きつけるかどうかということなのですね。

 

「孤独であることは救われることである。」

寂しささえ我慢すれば、誰も傷つけることなくいられますから。

 

「快感のうしろには面倒と悔恨をもたらすものがついている。」

飲み過ぎた翌朝に理解できる言葉ですね。

 

「私の仕事は、他人の言葉よりも自分の経験から引き出される。経験こそが立派な先生だ。」

自分の経験に学べば次にどうすればいいか十分に分かることだ。

 

「つねに恐れつつ進まぬものは、数々の侮辱に合い、しばしば悔いることになる。」

蛮勇もときには必要なのですね。

2007年の展覧会にて

時は進んで、2007年に同じ東京国立博物館において、特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ-天才の実像」が開催されました。
このときの展示は20代の時の代表作とされる『受胎告知』でした。

事実上の単独製作のデビュー作といえるものでしたね。

 

画面左に羽根のある大天使ガブリエルが百合の花を手に片膝をつき、受胎を告げています。

 

画面右のマリアは座ったままで、右手を聖書の上に置き、左手を立て、受諾、驚愕あるいは歓迎をい示しているのです。

 

さらにこの作品においては、遠近法、左右対称、というルネッサンス期の代表的な構図が取り入れられており時代の最先端を行くものであったということがいえます。

 

そしてガブリエルの足元の植物の描写、マリアの衣服の立体描写には天才にしか描けない完成度の高さが見られるのですね。

 

ルネッサンスの後のバロック期のイタリアを代表する画家、カラヴァッジョの写実性にはこのダ・ヴィンチの手法が受け継がれていると思います。

まとめ

時代の寵児として、絵画のみならず、音楽、建築、数学、解剖学、気象学、土木工学などありとあらゆる分野においてその才能を発揮しました。

 

最期はフランス国王フランソワ1世に看取られたとされています。

その様子は『レオナルド・ダ・ヴィンチの死』としてフランスの画家、ドミニク・アンクルが19世紀に作品にしています。

死後500年を経てなお世界一の芸術家とされているレオナルド・ダ・ヴィンチでした。

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